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 くらくなるまでまって。


くらくなってからが本番だった。
今日の『設定』は夜間、敵陣地への偵察を目的とする中隊単位での行動だ。
昼間に比べて、夜は目が利かなくなるが、仕事柄文句をいっても始まらない。
それでも、死の森の中は、普通の森にある木よりも異常に大降りな成長をして
いるものが多く、特に間隔が詰まった部分に差し掛かると、地面に月の光が
一切届かないほどの暗闇だった。ここに慣れてしまえば、大抵の森はかわいい
と思えるだろう。

探れていた気配も一人、また一人と消えていった。
(目標の印にすら達していないのに脱落早すぎないか)
カサリ、と木の枝が僅かに揺れる。これくらいは風の範疇かな、と動揺しない
ように自分に言い聞かせていると小さく、それでもはっきりと声が響いた。
「なにバレてない、みたいな顔してんの。バレてるよ」
声も気配もするのに、距離感をいまいちつかませないのが有能な上司のいやな
ところだ。ついさっき、ふがいない仲間に不満を持った直後にこれというのが
なんとも情けないが、目標への距離に未だ届かぬこの場所で、今日の自分の命
運は終わりらしい。

失策を反芻していると、「テンゾウ、ほんとにバレてないと思ったの?」と
今度はあきらかに近い位置から声が響いた。下なのかと伺うと、潜んでいる
木の真下から見上げる姿がある。

彼の名は、はたけカカシ。
暗部にありながら本名で呼ばれている珍しい人物だ。
暗部では、部隊特有の面の図柄を各人の名として通すことが多いようだが、
彼だけは堂々とカカシと呼ばれており、あまつさえ彼もそれに返事をしてい
たりするので、従来の仮名など意味をなさない。

……まあ、理由はわかる。面をつけていても里にあまりいない色彩をその髪に
持ち、外したとしても、彼の素顔の半分はいつも覆い隠されているというのに。
妙に目を引くからだ。
シルエットだけで概ね整っていることを想像させる線の細さのせいだろうか。
逆に見えないからこそ、各人が勝手に余計な想像をしてしまうためかもしれ
なかった。
そもそも彼は目立ちすぎる。
暗部精鋭の中にあって、少年めいた外見が珍しい、というのもあるだろうが、
少年というならまさしく自分たちの世代がそうだ。
それでも決定的に異なる、奇妙な存在感が彼にはあった。

まず、闇夜にも浮かび上がって揺れる銀色がいけない。面をつけていても目立
つそれは、陽があるうちはまだしも、彼が動くたびにふらり、さわりと流れ、
まるで音をさせているかのような気にさせられるのだ。(もちろん気のせいだ)

テンゾウは上司からの問いかけに答えるべく、猫を模した面を上にずらした。
なんとなくではあったが、相手が(半分でも)顔を見せている以上、なんとなく。
こちらも出した方がいいんだろうかと思ったせいだった。

真下にいる彼の頭部では、やはり白銀に輝いて見える髪の毛が、曇天の夜空から
たまに覗く、月の光をと孕んでいるようで──その髪を、こうして深夜に見る
たびに、燐粉の多い蛾のようだとテンゾウは思う。
もちろん、それを口に出さない理性も備えていた。 
「……風も少しありましたし。やり過ごせる範囲内かと思いましてそのままの
体制を維持しました」
「まあ、焦って動かなかっただけマシだけどさ。今日はここで終了」
最後通牒を受けたところで、ふと、見下ろしたままの彼に改めて気づき、急ぎ
木の下に降りた。
深く考えないまま注意を聞いていたが、上司からの注意を上で受ける、という
のはあまりよくない態度だった。……と思っていたが、どうも相手はさほど気に
してないらしい。変わった人だ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。あとねテンゾウ、たまにおまえ少し首かしげるクセがあるよ。
 故意じゃないなら気をつけたほうがいい」
思いがけないことを突然言われて、無意識に片手を首に当てながら聞き返す。
「…首、ですか」
「うん。ってことは故意じゃないのね」
「はい」
「わざとならいいけど…ってこんなうちから小細工に走るのもよくないか。
 次までに少し気をつけておいて。やんないにこしたことないから」
「はい、ありがとうございました」
 再度、礼をいうテンゾウの顔をじろじろと見つめて、カカシは呟いた。
「…なんだかおまえさ、試験中だけ従順じゃない?」
「……そうですか?」
うん、と小さく頷くとテンゾウの返事を待たずに、「じゃあね」と言い残し、
姿を消した。ただ、言いたかっただけみたいだ。

うっそうと茂った森の中で音も立てずに飛び去るあたり見事だな、と疲れた頭で
感心していると一拍遅れて、自分のいる位置よりも、やや前方の方でガサガサ音
が鳴る。
一足飛びに瞬身……なはずはないだろう。つまりは。
「あれ、分身だったのか……」
そして最後に音をたくさん出してこちらにネタ晴らし。
いちいち、部下を抉る人だ。見抜けないほうが間抜けだってことか、とテンゾウ
は重いため息をついて、今日は素直に帰路についた。
帰り道に虫が沸かないといいな、と思った。
なんとなく八つ当たりしそうな気分だったからだ。


本編へ続く。
冒頭だけお試しです。
ちょういりぐちなテンカカ入門みたいなっていうかテンカカ自体が入門するっていうか

なにいってるんだ落ち着けよって感じですねすみませんorz